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無言館、ちひろ美術館、松代壕あと等に後援会で行ってきました。

5月10日、11日 車2台、12名で鎌倉を7時30分過ぎ出発。

はじめに長野県東御市にある、江戸時代における北国街道の宿場海野宿へ

海野宿1

海野宿2

海野宿の町並みは、江戸時代の旅籠屋造りや、茅葺き屋根の建物と、明治以降の堅牢な蚕室造りの建物とがよく調和して伝統的な家並みを形成。

道の中央を流れる用水、その両側に立ち並ぶ格子戸のはまった美しい家並みは、歴史のふる里を想わせる静かなたたずまいを感じさます。

手打ちそばをいただき、満足満足!

無言館へ

無言館 安曇野松川

戦没画学生の絵画などを収蔵・展示

窪島誠一郎氏により、残照館(旧 「信濃デッサン館」)の分館として平成9年に開館した美術館。
第二次世界大戦中、志半ばで戦場に散った画学生たちの残した絵画や作品、イーゼルなどの愛用品を収蔵、展示

無言館のほか、平成20年にオープンした第二展示館、令和2年に旧信濃デッサン館から名称を新たに再オープンした「KAITA EPITAPH 残照館」があります。

戦争への動きがある中で 多くの画学生等が家族等を描いた絵が残され、家族の思いが絵に。かわいがってくれたおばあちゃんの絵。貧しい家庭で育ち、自力で絵を勉強して青年が書いた家族団らんの創造絵

戦地に行く直前まで描いた、妻や恋人の絵。1つ1つの絵に夫々の人生があり、こみ上げるものがある 無言館を訪れたのは3度目 新しくできた第2展示場も含め もっとみていたかった

戦争は絶対に行ってはいけないと改めて思った

宿泊は千曲市 戸倉上山田温泉 ホテル亀屋本店

温泉もよく、食事もおいしくてよかったです。もう少し時間があったら近くを散歩したかった!

11日は9時出発

松代大本営跡へ

太平洋戦争末期、日本の政府中枢機能移転のために長野市松代地区などの山中(象山、舞鶴山、皆神山の3箇所)に掘られた地下坑道跡。

 

 

壕入り口象山象山入り口吉岡

地下壕案内図 松代

地下壕がこんなにたくさん掘られていたのか びっくり

かつて第二次世界大戦の終戦直前、最後の本土決戦の準備のために、極秘裏で地下壕の建設がすすめられた場所。

目的は皇居、大本営、その他の重要な日本政府機関の移転のため。

現在では、象山、舞鶴山、皆神山の3箇所に掘られた地下坑道跡のうち、象山の一部(見学できるのは519メートル)のみが一般公開されている。

それら3つの地下壕の長さは10kmにも及んでいるとのこと。

工事には、日本人労働者だけでなく、朝鮮半島から動員された多くの朝鮮人労務者が従事し、最盛期には約1万人が現場で働き、昼夜を問わない過酷な労働が続けられたとのこと。

ダイナマイトによる発破と人力によるズリの運搬という危険な作業が中心で、厳しい環境の中で多くの犠牲があったことも記録されています。

完成を見ぬまま終わった計画

1945年8月15日、日本がポツダム宣言を受諾したことにより、松代大本営の工事は進捗率約75%の段階で中止され、昭和天皇は最終的に東京を離れず、「神器を奉じて帝都を動かず」という判断を下したとされています。

しかし、終戦直前には宮内省関係者が松代を視察しており、松代大本営は、実現こそしなかったものの、日本がいかに追い詰められていたかを象徴する存在といえるとのこと。

松代壕にて

次にわさび大王農場へ

安曇野扇状地に豊富な湧水を利用したわさび畑の開拓に着眼し、できたとのこと

平日にもかかわらず多くの人がおとづれていました。

お昼時でしたのでワサビ田の近くのレストランで食事。わさびソフトクリームをいただき満足満足

つぎはちひろ美術館へ

何度かおとづれていますが、ちひろの平和と子供たちへの思いが伝わる優しいタッチの絵

戦争は嫌だとの思い 子ども達、花や風景画  ホットする場所です

ちひろ美術館前

ちひろ美術館前2

天気に恵まれ、山々の景色、おいしい空気、食べ物、平和を願う仲間たちと楽しい2日かんでした。

運転してくださった皆さん ありがとうございました

夜 無事に鎌倉に戻ってきました。また頑張るぞ!